踊り場の灯
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『踊り場の灯』に寄せて  大木志門

※この頁の写真は、珠洲ロケハン時に台湾の写真家Bear Suさんによって撮影されました。
全く新しい秋聲映画が生まれるであろうことを密かに確信した。渡邉高章監督の『土手と夫婦と幽霊』(2018)を見た直後の率直な感想である。

​戦後になって徳田秋聲原作の映画でメガホンを握ったのは、公開順に『縮図』(1953)の新藤兼人監督、『あらくれ』(1957)の成瀬巳喜男監督、『爛』(1962)の増村保造監督、『甘い秘密』(原作「仮装人物」、1971)の吉村公三郎監督、『秋聲旅日記』(2005)の青山真治監督である。ざっくり言えば過去の監督たちは、いずれも「名匠」となるのだろうが、実際はなかなかの曲者揃いで、同じ秋聲原作と言っても作品の印象にはかなりの幅がある。
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その中から、たとえば『あらくれ』のお島と小野田による取っ組み合い、ホースで水をかける壮絶な喧嘩や、『縮図』のお座敷における銀子の狐拳など、映画ならではの名場面が生まれてきた。『甘い秘密』は原作の私小説性よりも葉子(山田順子)を主人公にした群像劇の性格が強まり、『爛』は艶やかな現代劇としたことで増村作品の中でも屈指の名作となった。そこから世紀をまたいで秋聲作品を手がけた青山監督は、秋聲が郷里金沢への帰省を描いた短篇「旅日記」「挿話」「町の踊り場」を混ぜあわせ、過去の金沢と現在の金沢が混交する不思議な世界を作り上げた。嶋田久作演ずる秋聲が飛行機で石川に到着し、柿木畠のライブハウス「もっきりや」でケイコ・リーの歌に聴き入る姿を目撃するのは奇妙かつ魅惑的な体験であった。
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渡邉監督は「町の踊り場」を原案とする『踊り場の灯』を、より大胆な脚色をほどこした現代劇に仕立てるつもりのようだ。さらにそこでは能登半島が重要な舞台となるらしい。聞くところによると、監督は学生時代から中上健次のかなりのファンで坂口安吾も愛読していたという。中上は秋聲贔屓の作家でもあり、『あらくれ』を意識しながら「秋幸サーガ」の前日譚となる秋幸の母・フサの一代記『鳳仙花』(1980)を書き上げたことは知られている。同じく中上ファンで知られる青山監督も『路地へ 中上健次の残したフィルム』(2000)を撮った他、中上世界の影響を感じさせる「北九州サーガ」を描き続けたが、渡邉監督の「土地」へのこだわりは中上的な感性によるものであろうか。

ただし、その渡邉監督の過去作『土手と夫婦と幽霊』は、むしろ内田百閒を感じさせる世界観で、生と死のあわい、フィクションと現実のあわいを切り取る不思議な感触を持った映画であった。ちなみに同作の主演俳優で『踊り場の灯』ではプロデューサーを務める星能豊氏は秋聲と同じ馬場小学校の出身で、その秋聲と同門のライバルであった泉鏡花(こちらも馬場小学校出身)の命日が誕生日であるそうだ。「町の踊り場」の舞台の一つは鏡花が生育した下新町のダンスホールであるが、このことは星能・渡邉コンビが手がける映画に秋聲的なリアリズムと鏡花・中上的なマジックリアリズムが併存するという予兆ではなかろうか。
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そもそも秋聲の「町の踊り場」自体が、そのような生と死、地方と都会、過去と現在、静寂と喧騒、平和と戦争など様々な対立とそれらのあわいを描いた作品であった。その意味で『土手と夫婦と幽霊』と『踊り場の灯』とは想像の水脈がつながりあっていることが予想され、それは渡邉監督が「町の踊り場」を映画化するのに最適な監督であることの証拠であるとも言えるだろう。

​さらにそこでは前述のように珠洲(ちなみに鏡花最愛の母と妻と同音の土地である)を中心に能登という土地が舞台になる。知っての通り、能登は先の震災で大きな被害を受けていまだ復興の途上にあるが、秋聲は1923年9月の関東大震災発生時にたまたま金沢に滞在しており、そこに足止めされたまま被災した東京と家族を思いやった。原作の舞台である金沢と東京だけでなく、能登という土地が映画に導入されることは、おのずとその場所がはらむ様々な時代の文脈が関わってくるはずだ。『土手と夫婦と幽霊』もまた幻想的な空気感とともに、死と再生というたしかなメッセージが伝わってくる映画であった。「町の踊り場」が発表された1933年と同様、そこかしこに戦争の姿が見え隠れする現在でもあり、『踊り場の灯』にも何らかの問題意識が表現されることであろう。
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言うまでもなく文学作品の映画化は、原作の再現だけでなく違いを楽しむものでもあるので、過去の秋聲映画のいずれとも、場合によっては秋聲作品の世界とも全く似ていない映画が出来上がってもかまわない。渡邉監督ならではの、この時代にふさわしい新しい秋聲映画が作り上げられるのを期待している。

大木志門(おおき・しもん)
東海大学文学部教授。一九七四年、東京生。徳田秋聲記念館学芸員、日本近代文学館職員、山梨大学教育学部准教授を経て現職。著書に『徳田秋聲の昭和』(立教大学出版会、二〇一六年)、『徳田秋聲と「文学」』(二〇二一年、鼎書房)、編著に『島崎藤村短篇集』(二〇二二年、岩波文庫)、『徳田秋聲俳句集』(二〇二三年、龜鳴屋)、『「文豪とアルケミスト」を本気で考えてみた 』(二〇二五年、共編著、ひつじ書房)など。

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